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流行れ!同型鍵盤 (Isomorphic Keyboard)

この話題は私とひそやかさんで行っているめでラジの第49回で取り上げた内容を、文章としてまとめたものとなります。

ラジオで話すに当たりWebサイトや書籍・論文といった文献を調べたのですが、日本語でまとめられている記事がほぼ見つからなかったので残しておくことにしました。

私は全くもって専門家ではなく内容が間違っている場合がある可能性があるので、もしお気付きの際にはコメントもしくはツイッターでご報告いただけると助かります。

同型鍵盤ってなんだ

英語版Wikipediaや論文上ではIsomorphic Keyboardという表記がありましたが日本語訳が全く見つからなかったので、同型写像(Isomorphism)を倣い「同型鍵盤」と訳しています。

  • 唯一個人ブログで「同形鍵盤」と訳されている方がいましたが、個人的にはTypeやPatternという意味も含めて型の方が適していると思います

楽器の鍵盤と聴いて思い浮かべる人が多いのは、いわゆるピアノ鍵盤かと思います。

ピアノの鍵盤は白鍵と黒鍵から構成されており、平均律Cのメジャーダイアトニックスケール(ドレミファソラシド)を白鍵で横一列に並べて、そこに入らなかった音を黒鍵として白鍵奥側一段上に配置したというのが大雑把な定義になるでしょうか。

Unicodeの絵文字としても登録されているので🎹、世界的に見ても一般化された認識と思って良さそうです。

  • 厳密には、白鍵はCのイオニア旋法が配置され、派生音が黒鍵で配置された らしい
  • 教会旋法はあんまり詳しくないので各自調べていただけると助かります

ブログ更新のたびに駆り出されるLaunchKey Mini君

対して、同型鍵盤は、すべての音が同じ形・大きさの鍵盤に等しく割り当てられているようなものです。

上記ピアノ鍵盤と異なり白鍵と黒鍵で大きさや形に差が無く、12音階すべてが対等になっているのが特徴です。

まずはピアノ鍵盤を知る

いわゆる鍵盤楽器の祖はオルガンで、紀元前3世紀にヒュドラリウス(水力オルガン)が初とされています。

当時は1人が水圧を操作して空気の圧力を作り、もう1人がレバーを押すような形で空気をパイプに送り出して音を出すという大掛かりなものでした。

その後、2世紀ごろに水力の代わりにふいごによる送風構造が考案され、現在のパイプオルガンへと進化していきます。

当時の鍵盤構造に関して決定的な資料が見つからなかったので質問サイトStackExchangeに投稿されていた回答などを参考にしています。

当初はある特定の楽曲を演奏するためのパイプおよび対応する鍵盤のみが実装されており、様々な音楽を奏でるための汎用的な鍵盤配列では無かったようです。

理由としては、そもそも世の中に弾き分けるほどの楽曲数が無かったことや、コストや技術面を鑑みても全音階に対応することがことがあるようです。

あとは上記質問サイトに記載のあるように、当時は十二平均律が確立していなかったため、半音階に対する厳密な定義が無かったということが理由となると思います。

時代が進み、世の中の楽曲数が増え、オルガン以外の木管楽器や弦楽器が演奏されるようになると、それらの音域に合わせて鍵盤形状も変化していくことになります。

グレゴリオ聖歌の発展や平均律の研究とともに形状が変化していき、試行錯誤の結果今の形に落ち着きました。

適当に作ったけど白鍵黒鍵の比率わからん

この形は1361年に北ドイツのハルバーシュタットに建造されたオルガンで初めて採用されたとされており、1432年に描かれたヘントの祭壇画の中の「奏楽の天使」の絵画の中でも確認することができます。

その後、クラヴィコード、ハープシコード(チェンバロ)、ピアノ・エ・フォルテを経てピアノが発明された際にもこの形が流用されました。

鍵盤の色は時期によって現在と同じ白黒だったり反転した黒白だったりといくつかのパターンがあります。

例えば、ハープシコードでは一時期黒白に逆転しており、「昔のピアノは白鍵と黒鍵の色が逆だった」と習った方も多いと思います。

しかし、更にその前身のクラヴィコードでは現在と同じ白黒の色分けであったので

ピアノにおいて現在の形状および色が普及してからは、本形式は今日に至るまでピアノ以外のな楽器にも流用され、現在発売されているMIDIキーボードもほぼほぼこの形状となっています。

また、マリンバなど鍵盤楽器以外の楽器にも、音階が必要な場合には同じ配列が採用される事が多いです。

  • ちなみに、オルガン以外で初めて鍵盤が実装された楽器は10世紀頃に作られたハーディ・ガーディらしいです
  • キーはG, A, B, C, D, E, F, G, A, B, c, d, eと並んでいて、左手でハンドルを回すことで弦に密着したホイールが回転してヴァイオリンのような音が鳴るという楽器です
  • 作られた当時はオルガニストルムと呼ばれていて、1人が手回し係でもう1人がキーを演奏する2人組だったようです

上記のようにピアノ鍵盤は700年近く前に試行錯誤の末に完成した形式のため、鍵盤の並び順や大きさについては当時の楽曲の演奏しやすさというところに重点が置かれていました。

そのため、多種多様な楽曲が作られている現代においては対応しきれていない場合があります。

特に、白鍵の並びがCメジャーとなっており、隣り合う鍵盤間の音の幅が不規則のため、位置によって隣の白鍵との差が半音だったり全音だったりします。

このことにより、転調の際やコード演奏時に調によって運指が完全に変わってしまうという点が指摘されています。

例として、単純なメジャーコードを鳴らす際にも、Cメジャー(下図の赤い鍵盤)から半音上げてC#メジャー(下図の黄色)にするだけで白鍵と黒鍵の比率や位置が大きく変わってしまいます。

そのため、各調の各コードはすべて形を覚えないといけないことになり、初学者にとっては大きな壁となってしまいます。

他にもオクターブの距離が長い、隣り合う音を間違えて押すと最も不協和になる、両手で運指が異なる(音域が上がる際に、右手は親指→小指 なのに左手は小指→親指 になる)などが言われています。

1つの鍵盤配列ですべてを解決することは難しいですが、できるだけ欠点をクリアして弾きやすくしようというのが新配列発明の原点ということですね。

ヤンコピアノ

前置きが長くなってしまいましたが、ここからが本題の同型鍵盤の話です。

ヤンコピアノ(Jankó Piano)は、その名の通りハンガリーの発明家ポール・フォン・ヤンコ氏が発明したピアノです。

1882年に発明、1884年に特許取得とのことなので150年近く前のことになります。

見た目からも分かる通り、これまでのピアノ鍵盤とは見た目が大きく異なっています。

何よりも特徴的なのは、集合体恐怖症には厳しい無数に敷き詰められたボタンです。

線が曲がって見えるトリックアートみたい

ヤンコ鍵盤は通常5列もしくは6列の鍵盤を有しており、それぞれの段に規則的に白黒の鍵盤が並んでいます。

一見すると無数にボタンが有り難解に見えますが、実際のところは1, 3, 5列目と2, 4, 6列目はそれぞれ全く同じ音の並びとなっています。

まず、下から1, 3, 5列目はCを基にした全音階で、C → D → E → F# → G# → A# → C → ... という並びとなります。

そして下から2, 4, 6列目は残りの音による全音階で、C# → D# → F → G → A → B → C# → ... と並んでいます。

ピアノ鍵盤と同じ色分けがされているので、ルールさえ分かれば意外と分かりやすいはずです。

この並び順での最大のメリットは、転調の際に運指を一切変更しなくていいというところにあります。

例えばメジャーコードを弾きたい際に、C Majorであれば上記画像の赤い鍵盤を押せばC-E-Gが鳴りますが、その形のまま1つ右にずらせばオレンジ色で示したD-F#-AのD Majorとなります。

この法則は段を移動しても変わらず、緑色で示すようにA-C#-EのA Majorなどすべての調に対して当てはめることができます。

もちろん他のコードやメロディー譜も形を変えることで当てはめることができます(一例として、画像中の紫、青で示したのはそれぞれCaug, Aaugです)。

また、オクターブの幅も通常のピアノ(間に6鍵)よりもすこし狭くなっている(間に5鍵)ので、手の小さい方にも弾きやすくなっています。

このピアノが発明された当初は作曲家やピアニスト界隈には称賛され、フランツ・リストからは「50年後にはすべてのピアノがこの配列に置き換わっているだろう」とまで絶賛されていました。

特にアメリカではヤンコ音楽院という専門の教育機関まで設立されていたそうです。

しかし、当時の音楽教育家、出版社、ピアノメーカーからは大きな反感を買い、結局普及には至らなかったようです。

噂によるとこの失敗が原因なのかヤンコはトルコに亡命し、晩年はタバコ農家として過ごしたそうです。

いつの時代も投資に失敗した代償は大きいですね、、

このヤンコ鍵盤を採用したMIDIキーボード「Daskin  5 / 6」という製品もあるようですが、調べた限りでは一般発売はされていないようです。

また、同じキー配列を持ちながら鍵盤の形が十字となり弾きやすさが工夫されているLippens Keyboardというプロダクトも見つかりました。

こちらも現在開発中のようでまだ販売されておらず、公式Facebookページの更新も去年で止まっていました。

クロマトーンとその仲間たち

同型鍵盤のムーブメントは対岸の火事ではなく、なんと日本発の鍵盤構造も存在します。

それが現在Chromatic music Lab. が推進しているクロマトーン配列です。

発明者である大川ワタル氏はムトウ音楽メソッドなる方式に基づいて1987年にラピアンというピアノを開発しました。

蜂の巣型に無数に敷き詰められた真っ白な鍵盤が大きな特徴です。

音の並びに関する資料が見つからなかったのですが、残っている動画を見る限りはヤンコピアノとほとんど同じのようです。

また、ヤンコピアノとの違いとして、列ごとに鍵盤の形が少しずつ変えられており、どの列で弾いても同じタッチで演奏できるようになっているそうです。

このラピアンは1987年の国際発明EXPOなる大会にてグランプリを受賞後、かのMoog博士からも注目されていたようです(公式サイトより)。

また、1989-90年頃にはピアノに装着するアタッチメントタイプも制作されていました。

  • 国際発明EXPOというイベントがググっても出てこなかったけど、恐らくドクター中松氏主催のInternational Inventors Exposition(国際発明家博覧会)かと思われる

その後、2000年にWholetone Revolution(ホールトーン レボリューション)というMIDIシンセサイザーが発売されました。

こちらはキー形状や大きさなどに変更が加わり、一気に近代的な楽器となりました。

  • 同時に、集合体恐怖症の人が泡を吹いて倒れるレベルの敷き詰められ方になった

そして、2003年に入門機であるクロマトーンCT-312が発売されています。

中央の液晶には弾いた音がクロマチックノーテーションなるこれまた独自の記譜法にて表示されるようになっています。

実はこれらは2018年から1年以上無料プレゼントキャンペーンが行われていたようなので、もしかするとこれで知った方もいるかもしれません(私は知りませんでした)。

開発者本人のYouTubeチャンネル

実際のところ色と鍵盤の形状以外は完全にヤンコ鍵盤なのですが、曰く「クロマティックアコーディオンや、ヤンコピアノとは生い立ちが全く違うため別物である。」そうです。

まぁ1980年当時はよっぽどの楽器オタクでもない限りヤンコピアノなる代物には出くわさなかったと思うので、独自に研究と改良を重ねた結果似たようなものが出来てしまったというのが妥当かと思います。

なお、クロマトーンに使用されているメカニズムは特許公開している(特開2004-325613)とWikipedia等各所に書かれていますが、実際に出願されているのは「楽器用鍵盤のキートップ」なので鍵盤形状のみのようです。

しかも2008年に「その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである」という理由で拒絶査定を受けており、特許公開している(取得したとは言っていない)状態となっています。

Wikipedia等はその辺り矛盾の無いように書かれていますが、そこをソースに紹介している個人サイトで「画期的なキー配列で特許取得した製品」として紹介されていたりしたので一応注釈として記載いたします。

  • 皆様も調べ物をする際にはこの辺りの表記にお気をつけください

横一列のタイプ

これまでのキーボードの方針は鍵盤数や段数を増やして音程間の格差を無くすという方針でした。

別のアプローチで、全半音階を1列に並べるという方針の鍵盤もいくつか考案されています。

というよりも歴史的にはこちらのほうが先に検討されていたようですが、弾きやすさの問題から実現に至っていなかったアイデアも多いようです。

スイスのスタートアップ企業のDodeka Music社が開発中?のDodeka Keyboardは、黒鍵が根音(C)で4半音ごとに灰色が配置されている鍵盤を有しています。

弾きにくいという欠点は鍵盤を細くして間隔を開けることでカバーしているようです。

Kickstarterをそろそろ始めるぜっていう文章はありましたが今も動いているかはよくわからないです。

日本でも、ジャズピアニストである菅野邦彦氏が独自に開発した未来鍵盤(王様鍵盤, 21ウルトラキーボード)というものが見つかりました。

菅野氏本人がより良いピアノを追求し制作されたもので、現在は静岡の下田ビューホテルに置いてあります。

同型鍵盤以外の特徴として、鍵盤の上部をかまぼこ型に削り、かつキータッチを極限まで軽くすることで、指が鍵盤に触れる時間・位置を限定し、ピアノ内のハンマーが弦を叩く時間を短くしているそうです。

その結果として非常に澄んだ音が出るそうですが、YouTubeの動画ではどうしても伝わりづらい部分もあるので、お時間のある方はぜひ演奏を聴きに行ってみてください。

曰く「初心者にも演奏しやすい」そうです。

六角形の鍵盤

これまでにいくつもの鍵盤を紹介してきましたが、上記はいずれもピアノ鍵盤からの置換を目的として開発されたものでした。

ただピアノ鍵盤が普及率において「強すぎた」ために、いかにメリットがあろうとも今日に至るまでその牙城を崩すことは出来ませんでした。

こと現代においては、デジタルな楽器であればピアノとの互換性は考えなくても良く、また内部の構造を気にせずインタフェースを作れるため、ピアノ鍵盤と戦わずして普及を模索することが出来るようになりました。

そのため、六角形の小さいボタンのような同型鍵盤を用いたコンパクトなキーボードが開発されるようになりました。

このような楽器はJammerと呼ぶこともあるようです。

いくつものキーレイアウトが考案されている中で、本記事では有名な2つを紹介したいと思います。

  • 有名の基準: Wikipediaの英語版に記事があるかどうか
Harmonic Table Interface

本レイアウトは、Tonnetzという概念を基に作製されています。

Tonnetzは、かの数学界の天才オイラーが1739年に提唱した、音楽空間における概念的な格子図のことです。

非常に大雑把に説明すると、まずある音の右隣に完全5度、右上に短3度、右下に長3度というルールで音を並べ、上記画像のように各音程を並べます。

すると、赤い逆三角形を構成する3つの音が左上の調のメジャーコード、青い正三角形を構成する3つの音が右下の調のマイナーコードとなります。

例えば、Cのコードを基準に考えると赤い逆三角形がC - E - G、青い正三角形がC - Eb -Gとなります。

その際に、それらの三角形はC - Gの辺を軸に反転しているような形になり、いわば辺を共有していることになります。

さらに、C - E - GのCメジャーに注目すると、C - Eの辺はA - C - EのAマイナーと、E - Gの辺はE - G - BのEマイナーとそれぞれ接しています。

CマイナーはCメジャーの同主調、AマイナーはCメジャーの平行調でEマイナーは属調平行調なので、どれもCメジャーに対する関係調となります。

さらに頂点だけで見るとG - B - DのGメジャー(属調)、F - A - CのFメジャー(下属調)なども含まれます。

このように、共有する辺や頂点が多ければその調との関係性が強く、転調もしやすくなる、という考え方です。

  • 自分でも書いててあんまり良くわかってない

レイアウトに話を戻すと、上が完全5度、左上が短3度、右上が長3度というように、Tonnetzの図形に基づいて配置されています。

そのため、ある音の次に使われやすい音や、ある調の時に使われやすいコードの音が近くに配置されるように設計されており、覚えやすく指の動きも非常に合理的になるように組まれています。

また、メジャー / マイナー以外のコードにおいても、ヤンコ鍵盤のようにどの調を弾く際にも運指の形を変えずに位置をずらすだけで良いという利点もあります。

その代わり、並びが半音階になっていないため、グリッサンドを伴うフレーズやジャズなどの即興音楽、12音階を用いたいわゆる現代音楽には不適とされています。

歴史的には、Harmonic Table自体は18世紀ごろから知られていましたが、楽器のキーボードとして使用されるようになったのは20世紀中盤のHarmonettaという鍵盤を持つハーモニカ(≠鍵盤ハーモニカ) が最初のようです。

その後、1983年に発明家Peter Daviesによって現在のレイアウトが考案され、上記動画で使用されているようなC-Thru Music社のAxisシリーズなどで採用されています。

やはり「鍵盤を持つハーモニカ」であり、「鍵盤ハーモニカ」ではない
Wicki-Hayden Layout

こちらは、元々バンドネオン(後述)奏者のKaspar Wickiが自身の演奏のために考案し、1896年に特許を取得していたものを、100年近くの時を経てコンサーティーナ奏者のBrian Haydenが改良し、1986年に再び特許を取得したものとなります。

元々はバンドネオンやコンサーティーナ(後述)のために作られたレイアウトでしたが、どちらかというとMIDIキーボードなど電子楽器のほうで使用している人のほうが多いかもしれません。

本レイアウトでは、左上が4度、右上が5度、横が全音という並びとなります。

結果として、ヤンコ鍵盤のように2列1組ですべての音を網羅でき、その組が上下に繰り返されることでオクターブが表現されています。

Harmonic Table Interfaceとは異なり厳密な理論に基づいて並んでいるわけではないようですが、ピアノの白鍵に相当するCメジャーのダイアトニックスケールが中央に並んでいるので、初学者にとっては分かりやすく工夫されています。

また、ある音に対する半音の位置を遠くすることで、押しミスの際に不協和音が出ることを防いでいるようです。

その代わり、移調時の合理性などはHarmonic Table Interfaceが勝っているほか、12音階に不適などの欠点も引き継いでいます。

同型鍵盤界の星 クロマチックボタン式アコーディオン

本記事の中のここだけでも覚えて帰ってくださいゾーンです。

本記事で紹介できなかったものも含めて、世の中にはいくつもの同型鍵盤のアイデアが存在します。

しかしながら、そのほとんどは現時点では決して浸透しているとは言い難く、興味を持って調べなければ存在すら気づかれないレベルの知名度しか持ち合わせていません。

その中で、唯一同型鍵盤が市民権を得ているのがアコーディオンおよびその周辺の蛇腹楽器です。

アコーディオン属の楽器はいずれも中央の蛇腹を広げたり閉じたりすることで空気の流れを作り出し、ボタンを押してその空気をフリーリードに流し込むことで音を出すという仕組みです。

初期のふいごを使用したパイプオルガンに仕組みとしては近いでしょうか。

また、その他の特徴として、蛇腹を挟んだ左右両方の本体にそれぞれボタンが用意されており、それぞれ独立して音を鳴らすことが出来ます。

アコーディオンにおいては、右手がメロディー用の鍵盤、左手がベースシステムと呼ばれる伴奏用の配置となっています。

右手側の鍵盤

アコーディオン属の楽器はどれも各国で独自に進化していたりするので、キー配列も地域によってバラバラ

だったりします。

クロマチックボタン式アコーディオンにおいても主にイタリア式のCシステムとベルギー式のBシステムが普及している他、フィンランドやロシアなど特定地域では独自の配列が混在しています。

本項では、日本で利用者の多いらしいしているらしいイタリア式を例に紹介します。

鍵盤の配置としては一見すると白鍵と黒鍵が規則的に並んでおりヤンコピアノと同様にも見えます。

実際には、外側から3列が1組で全音階を構成しており、列の隣のボタンとは3半音離れた音が並んでいます。

具体的には、一番左側のボタンは下から縦にC - C# - Dと半音階で並んでおり、その隣はD# - E - Fと次の3音が配置されています。

また、4列目、5列目はそれぞれ1列目、2列目と同じ配列となります。

  • Bシステムの場合、上記画像の下から1列目(Cから始まる列)と3列目(Dから始まる列)が入れ替わった形になります
  • そのため4列目もDから始まる列がコピーされます

クロマチックボタン式を選ぶメリット・デメリットは基本的にこれまで紹介した同型鍵盤たちと同じです。

アコーディオン特有の利点として、ピアノ鍵盤式と比較すると内部の構造がコンパクトになり、楽器本体の小型軽量化に繋がるとのことです。

規格にも依りますがピアノ鍵盤式は8.25kgで「軽い」らしいので、奏者の体格に関わらず軽くなってくれたほうが演奏しやすいことは間違いなさそうです。

キー配列としてこれまでに紹介した同型鍵盤とそこまで違わないのであれば、一体なぜアコーディオンのみ本形式が普及しているのか疑問に思う方もいらっしゃるかも知れません。

他の鍵盤との最大の違いは、アコーディオンは歴史的にボタン式が最初でピアノ鍵盤式が後ということです。

アコーディオンおよび多くの蛇腹楽器は構造として、中央の蛇腹を押した際と引いた際でそれぞれ別のリードが鳴るように取り付けられています。

蛇腹の押し引きで空気の流れる方向が異なるので、それぞれの空流の向きに対して1枚ずつ用意する必要があるためです。

重要なことを説明してそうでそうでもない図

アコーディオンの祖先は中国の笙、果てはアイヌのムックリだという話はありますが、アコーディオンという名前の楽器が誕生したのはオーストリアのオルガン職人シリル・デミアンが1829年に制作した蛇腹楽器が初です。

  • 1822年にフリードリッヒ・ブッシュマンが作成したハンド・エオリーネがフリーリードに蛇腹を取り付けた初の楽器なので、アコーディオンの起源としてこちらが最初であるという説もあります。

最初期のアコーディオンは押引異音といって1つのボタンの押し引きの音程の異なるリードをペアで取り付けることで、少ないボタン数に多くの音(特定のキーのスケール)を対応させるという形式でした。

このタイプはダイアトニックアコーディオンと呼ばれていて、遠い親戚のアングロ・コンサーティーナも近い構造を持っています。

構造が単純でボタン数も少ないため、持ち運びやすく覚えやすいということで民族音楽を演奏するのに広く用いられました。

その代わりに演奏可能な調が限られていたり難しいスラー表現などがあるため、1850年頃にウィーンの音楽家フランツ・ワルターにより押す時と引く時で同じ音程のリードを使用する押引同音のアコーディオンが発明されました。

全半音階に対応するボタンを有していることから、本形式はクロマチックボタン式アコーディオンと呼ばれるようになります。

ピアノ鍵盤式が開発されたのはその後の1880年代ごろとされているので、歴史的には一番新しい形式となります。

上記のような歴史的背景があり、欧米諸国では昔から今までボタン式アコーディオンの奏者のほうが多く、ピアノ鍵盤式はどちらかというとピアノ奏者が第二楽器として始めるための選択肢という位置付けのようです。

日本では鍵盤ハーモニカが普及する以前にピアノ鍵盤式アコーディオンで学校教育をしていたという背景もあり、長らくピアノ鍵盤式が優勢でした。

ただ、今年は様々な機運が重なり、谷口楽器の担当の方が驚くほどの売れ行き、自作キーボードgiabalanaiの発売など、まさにボタン式アコーディオンバブルが到来しています。

バブルが弾けてまたピアノ鍵盤式が人気になるのか、はたまた今後はアコーディオン=ボタン式となるのかはまだ分かりませんが、この流れは同型鍵盤界(あるのか?)にとっては希望の光となりそうです。

左手側の鍵盤

右手側の鍵盤がボタン式かピアノ鍵盤式かに関わらず、多くのアコーディオンにおいてはベースシステムという低音域の伴奏用のボタンが付けられています。

  • フリーベースやベースレスまで触れると複雑になりすぎるので割愛します
この画像の右側の点々の話です

なんとアコーディオンには、ボタン一発で和音を出せるという夢のような仕組みがあります。

アコーディオンの左手側には、ボタン式アコーディオンのボタンより小さなボタンが無数についています。

この斜めになっている縦1列1列がそれぞれ別の根音に対応しており、5度音階で横に並べられています。

そして、それぞれのスケールに対応した和音や単音が縦に並べられているという形となります。

6列ある場合、上から対位ベース(根音より長三度高い単音)、基本ベース(根音)、メジャーコード、マイナーコード、セブンスコード、dimもしくはdim7コードが対応していることが基本です。

例えば、Gの行の場合は上から単音E、単音G、GM、Gm、G7、Gdim(Gdim7)で、左隣がC、右隣がDとなります。

  • 機種によって対応しているスケールが制限されていたり省略されるコードがあったりします

コンサーティーナ・バンドネオン・バヤンの鍵盤

アコーディオンはアコーディオン属の1つと書いたとおり、アコーディオンの他にもいくつかの楽器が属しています。

厳密には先祖が異なるため「広義でのアコーディオン属」とされる楽器もありますが、

コンサーティーナ

まず、アコーディオンに似た楽器としてよく名前が挙げられるコンサーティーナから触れていきます。

コンサーティーナは産業革命真っ只中の1829年にイギリスの物理学者チャールズ・ホイートストンによって発明された楽器で、実はアコーディオンとは血縁がありません。

コンサーティーナはその鍵盤の性質上、アコーディオンとは異なり単音もしくは単純な2和音、3和音で演奏される機会が多いです。

リードの違いも相まって素朴な音色となり、アイリッシュ・ケルト音楽など民族音楽に多く使われています。

コンサーティーナのボタンはアコーディオンの左手側と同じようなものが左右両方に付いています。

ですが、コンサーティーナの場合は和音ではなく単音が対応されています。

コンサーティーナのキー配列について記載したかったのですが、あまりにも派生が多くて諦めました。

大まかには、押引同音のイングリッシュ・コンサーティーナ、押引異音のアングロ・コンサーティーナ、押引同音でアングロ・コンサーティーナの良いところも取り入れたデュエット・コンサーティーナ、バンドネオンの前身となったジャーマン・コンサーティーナなどのカテゴリがあり、そこにさらにボタン数や配列、対応する調などの派生が何十種類もぶら下がっているという感じです。

どのパターンのコンサーティーナにも共通して言えるのは、ボタンが音階できれいに並んでいないという点です。

伝統的な音楽を奏でる機会が多いという性質上、その地域の楽曲が弾きやすいように独自の配列へと進化したため、

また、押し引きで音が変わるアングロ・コンサーティーナはもちろん、イングリッシュ・コンサーティーナも左右で振られている音が異なる関係で左右の鍵盤を使用した重奏は非常に難しいです。

その性質を解消したのがデュエット・コンサーティーナですが、歴史が浅いこともあり現時点では奏者は少ないようです。

バンドネオン

このコンサーティーナをベースに開発されたのがバンドネオンという楽器です。

ドイツの楽器製作家カール・フリードリヒ・ウーリヒが初期のアコーディオンをヒントにジャーマン・コンサーティーナを開発し、さらにそれを基に同じドイツの楽器製作家ハインリヒ・バンドが改良を加えたのがバンドネオンの原型とされています。

ドイツで発明された楽器ですが、アルゼンチンに移入された後にアルゼンチンタンゴには欠かせない存在となりました。

見た目はコンサーティーナの面影が残っているものの、筐体が四角形になりサイズも大きくなっており、音色もどちらかというとアコーディオンに寄った音になっているようです。

キー配列はコンサーティーナと同じく音階で並んでいない独自仕様となっており、押引異音のライニッシュ式と押引同音のペギュリ式、および近年に開発された上述のWicki–Haydenレイアウト等があります。

特に、ライニッシュ式配列はアルゼンチンタンゴを演奏する際に弾きやすいように配置されているようで、国内外ともに一番普及しています。

ただ、アルゼンチンに渡った後で奏者からのオーダーを都度取り込んでどんどん複雑化していったという経緯があり、その習得の難しさから「悪魔が発明した楽器」とも言われています。

バヤン

また、ロシアにもバヤン(бая́н)という蛇腹楽器があります。

1870年ごろNikolai Iwanowitsch Beloborodovという人物がシュランメルハーモニカ(Schrammelharmonika)というオーストリアのシュランメル地方で使用されていたアコーディオンをベースに作られたとされており、1872年、1875年に最初の教則本がロシアで出版されました。

  • この辺りも文献によって書いてあることがバラバラだったので、本記事ではドイツ語版Wikipediaをベースにしています
  • 例えば日本語版Wikipediaだと「1907年にピョートル・ステリゴフによって発案され、バラライカとのアンサンブルの伴奏楽器として用いられてきた」とされています

後にイタリア式アコーディオンの影響を大きく受けたとのことで現在の見た目や演奏方法はほとんどクロマチックボタン式アコーディオンと同じですが、リードや内部の構造に違いがあり、特に低音がより豊かに鳴らせるようです。

余談: 同型鍵盤ではないけど似たような楽器

Harpejjiという楽器は、クロマチック音階に対応した弦楽器です。

ボードに何本もギターの弦が張ってあるような見た目で、ボード上にはフレットとヤンコピアノのような白と黒の目印があります。

ボード上には高感度のピックアップが取り付けてあるので、ボード上の目印の部分を指で抑えるとその音が鳴るような仕組みとなっています。

あのスティーヴィー・ワンダーが愛用しているというところでご存じの方もいるかも知れません。

Ableton PushNovation LaunchPadといったパッドはクロマチック入力機能を持っています。

上記六角形鍵盤の項で紹介したAXiS 49という電子キーボードはすでに生産終了されているため、アコーディオン配列以外の同型鍵盤のMIDIキーボードとしては実は最も手に入りやすいデバイスかもしれません。

2023/08/12追記

海外サイトの編集者の方より連絡をいただきました。

MIDIキーボードの調査や紹介記事を書かれている方とのことで、調査の中で本記事もチェックしていただけたようです。

本記事の主旨とは異なりますが、ピアノ鍵盤のMIDIキーボードにもご興味があればその方が作成した以下の記事もご参照ください。

10 Best Beat Making Piano For Producers - Beginner Guitar HQ

今後流行るのか

結論から言うと、アコーディオン属以外はこのままでは流行らないと思います。

ヤンコ鍵盤および後続の様々な鍵盤(六角形式を除く)は現状のピアノ鍵盤からの代替を目的として考案されています。

ということは、逆に言うとここまで普及していて既学習者も圧倒的に多いピアノ鍵盤から乗り換えるに値するだけの理由が必要となります。

以下の質問サイトの回答が笑っちゃうぐらい辛辣ですが概ねその通りだと思いました。

歴史上、最も酷いデザインのデジタル楽器と言えば何でしょうか? - Quora

特に、上記のクロマトーンに対する回答中の⑥にある「頑張って覚えて弾いても結果的に普通のキーボードを弾くのと差がない」というのがまさに核心だと思います。

楽器は音楽を奏でるためのものであり、始めるにあたるそもそもの動機は「音が好きだから」「この楽器の使われている楽曲が好きだから」というところが多いはずで、弾くときの合理性や難易度を理由に楽器を選ぶ人は少ないと思います。

  • 実際のデータがないので憶測に過ぎないけど、そういう理由で始める人はあんまり長続きしないという勝手なイメージはある

あとは、いくら頑張って練習して弾けるようになっても専用のキーボード以上のものにステップアップできないという点もあります。

こういった新興配列は特許でガチガチに守られている事が多く、その配列を有している楽器がこの世に1種類しか存在しないということもざらです。

そのため、まずは入門機を買ってその後ステップアップして…ということが出来ず、いきなり超高額なフラグシップモデルを買うかいつまでもチープなエントリーモデルを使い続けるかしか出来ないというのはモチベーションとしても続かない気がします。

唯一クロマチック配列が普及しているアコーディオンは比較的新しい楽器で、かつ歴史的にボタン式が先に発明されています。

そのため、その楽器を弾く = 特殊な鍵盤を弾く というのが成立しているのだと思います。

  • それでも後からピアノ鍵盤式が作られるので、ピアノ鍵盤がどれだけ根強く浸透しているかということになりますが

なので、今後ピアノ鍵盤を超えるスーパー鍵盤を開発して大儲けしたい人がいたら、まずは楽器そのものを作るところから始めるのが正解です。

独自の鍵盤を持つオリジナルが楽器を発明して自ら練習し、その楽器を使った曲がバズって売れれば確実に普及するでしょう。

  • そうなったら鍵盤よりもそっちの収入のほうが多そうな気もするけど……

参考文献(上記で紹介したもの以外)

守重 信郎, "楽器学入門 ―写真でわかる! 楽器の歴史―", 時事通信社, 978-4788714175

渡辺 芳也, "アコーディオンの本", 春秋社, 978-4393934227

石桁 真礼生 他, "楽典―理論と実習", 音楽之友社, 978-4276100008

Max Neupert, "Optimizing chromatic Keyboards for small, non-tactile Surfaces", Korean Electro-Acoustic Music Society's 2017 Annual Conference, Oct. 2017.

Steven Maupin, David Gerhard and Brett Park, "Isomorphic Tessellations for Musical Keyboards", Proceedings of the 8th Sound and Music Computing Conference, SMC 2011.

木村 遥, "ハーディ・ガーディ奏者の身体特性と楽器構造", 第69回美学会全国大会 若手研究者フォーラム発表報告集, 2018.

Bajan – Wikipedia

Jammer keyboard - Wikipedia

Jankó keyboard - Wikipedia

Harmonic table note layout - Wikipedia

Musical keyboard - Wikipedia

Schrammelharmonika – Wikipedia

Tonnetz - Wikipedia

Wicki–Hayden note layout - Wikipedia

アコーディオン - Wikipedia

コンサーティーナ - Wikipedia

関係調 - Wikipedia

altKeyboards

Jankó keyboard - Free

Janko Keyboard | Wiki | The Music Notation Project

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他、もし抜けがありましたら後ほど更新いたします。