以前の記事にて、ZOOM F3で気軽に使えるマイクを検討しました。
F3がプラグインパワー方式の入力に対応しておらず、RODE VXLR+というアダプタを紹介していました。
このアダプタは天下のRODE製ということもあり非常に信頼できる製品ですが、値段が4,000円とそこそこ高いのがネックです。
1つだけの運用ならまだいいものの、ステレオ入力をしようとするとアダプタが2つ必要となり、さらにマイクがステレオミニプラグの場合は以下のようなステレオ→モノラル変換ケーブルが必要となります。
結果として、マイクを繋げるための前段階で1万円近くの出費を強いられてしまいます。
私は以前ふるさと納税で購入したRoland CS-10EMというプラグインパワーのバイノーラルマイクを所有しており、どうしてもZOOM F3に繋げたかったので決死のネットサーフィンを敢行していたところ、BUB BU-48Vなる謎のアダプタを発見しました。
ネットに情報が一切無かったものの購入時点で1つ800円と圧倒的に安かったので、今回人柱覚悟で購入してみました。
ついでに改造もしました。
目次
※お知らせ
以前の記事にて自作マイクの記事を掲載する的なことを言っていましたが、完成後記事執筆中にマイクがぶっ壊れてしまい心が折れたので急遽内容が変更となりました。
誰か助けてください。
プラグインパワーのおさらい
そもそもプラグインパワーとは、マイクを動作させるための電圧を外部電源からではなく3.5mmミニプラグ経由で受け取る規格”のようなもの”です。
身近なところだとPCやスマホにイヤホンマイクを挿して使えるのはプラグインパワーのお陰です。
どうも厳密に決められたものではないようで、機器によって1.3Vから5Vまでけっこうまちまちです。
基本的には接続先の機器のメーカーが保証した製品のみを使用するべきという仕様なので、PAや音響周りを生業とする人々からはかなり嫌われている仕組みです。
参考サイト
- Balanced Project 不平衡マイクロフォン→平衡コンバーター
- Difference between bias (plug-in power) and phantom power? (SHURE)
RODE VXLR+はファンタム電圧を5V程度に減圧してプラグインパワー用の電源を供給します。
ファンタム電源とは本来音の信号が流れるXLRコネクタの2, 3番ピンに最大48Vも同時に流すといういかつい規格であるということは周知の事実であります。
こちらは天下のノイマン社が使い始めた値で現在でもほとんどの音響機器メーカーが48Vに従っているため、プラグインパワーよりもよっぽど汎用的な規格です。
ゆえに、ただ線を繋げ変えるような変換アダプタを使うとマイクカプセルにダイレクトに高電圧がかかりぶっ壊れる原因となります。
- 48Vの由来に関しては、元々電話などの通信用電源が48Vで決められている中で、ノイマン社がノルウェー放送協会にファンタム電源のマイクの製作を依頼された際に局内で用意されていた48Vをそのまま使えるようにしたのが由来らしい
- 参照元: Phantom power - Wikipedia
代替品は色々ある、が……
RODE VXLR+の代替品としては、日本ではBOYA 35C-XLR Proが一番入手しやすいと思います。
カタログスペック上はほぼ同等ながらサウンドハウス価格で1,980円とVXLR+の半額で買えてしまいます。
このアダプタが使えれば一番良さそうでしたが、色々調べているうちに以下のサイトを見つけました。
このページでは執筆者のZach Poff氏がトレースしたRODE VXLR+の回路図が紹介されています。
- これを基に作ろうとしてもパーツ代とかコネクタ代を考えると買った方が安くなりそう
ページの少し下の方へ行くとBOYA 35C-XLRを含めた互換品についての記述もあります。
今回の私の記事に関係しそうな箇所をまとめると以下のようになります。
- 互換品は基本的にVXLR+と全く同じ回路を構成している(2.2kΩ抵抗を介して5Vを引いている)
- 本家含めすべてアンバランス接続のため減衰が発生するので、バランス接続が必要であればトランスで均衡回路を構築しているVXLR Plusを買うべき
- BOYA 35C-XLRは配線ミスで信号入力にRを使用しているため、ほとんどの3.5mmマイクで機能しない
- 2022年半ばに上記配線ミスが解消された製品を買えたという報告もあった
- BOYA 35C-XLRはXLR端子のピンが短くほとんどのジャックに適合しておらず、使用中に落ちる可能性がある
1,2は仕様の話で、基本的にVXLR+とBOYA 35C-XLR含め紹介されている互換品はビルドクオリティの差しかないようです。
一応プラグインパワー製品の例に漏れず、本家含めて各製品の販売ページには「自社のマイク以外の動作保証はできません」的な注意が書かれていました。
3,4,5はBOYA 35C-XLR特有の話というか問題点となります。
3は3.5mmのプラグの
補足するとステレオミニプラグは3極で、先端から黒い絶縁部分を挟んでT, R, Sと割り当てられています。
- ちなみにモノラルプラグの場合はTSの2極で、4極以上の場合はTRRSのようにRが増えます
特殊な4極以上のケーブルを除くとSはGNDに割り当てられているので、マイクからの電気信号信号はTもしくはRに乗ってきます。ステレオの場合はT = L, R = Rです。
モノラル端子との互換性のために通常は信号はTから取るはずなのですが、前述の通りBOYA 35C-XLRではRからの信号を入力としているようです。
その端子にモノラルプラグのマイクを接続した場合、信号が来ているTではなく存在しないRの場所 = S GNDと導通してしまうためショートし何も音が入らないことになります。
ステレオ出力の場合も普通のステレオ→モノラル変換ケーブルだと動作せず、ステレオ→ステレオ二又でかつRに目的の信号が来る という変な変換ケーブルを使用しないといけないことになります。
ざっと調べた限りではAmazonとサウンドハウスではそんな変な変換ケーブルは見つかりませんでした。
- 市販マイクではSONY ECM-PCV80UなどはステレオプラグでT,R両方に同じ信号が来るようになっているので問題ないっぽいです
- 注意書きのとおりBOYA社自身のマイクが対応してるかは……ちょっとよくわからない……
最悪ケーブルは自作すれば用意できますが、この仕様だとモノラル端子のマイクもそのまま使えないので不便極まりないです。
何やらピンアサインの問題は解消されたという話も記載がありますが、あくまで又聞きなのと日本の在庫が入れ替わってるか不明なのであまり期待しない方が良さそうです。
それはそれとして5のコネクタが途中で落下する可能性があるのは論外です。
Zach Poff氏は基板だけを別な箱に移植して使用していましたが、運用上不便になるのは本末転倒なので選択肢からは外したいです。
他の代替品としては以下のようなマイクメーカーのオプション品もあります。
いずれも海外発送だったりそもそも単価が高かったりで単体で買うのはお勧めしづらいですが、そのメーカーのマイクを購入するのであれば互換性も問題無いはずなのでついでに買うのは有りだと思います。
- Sennheiser MZA 900 P
- Uši phantom adapter
- XLR to PIP adapter
- SP-XLRM-MINI-2-PHANTOM
- Adapter for PIP mics to work on XLR (48V) Recorder
BUB BU-48Vの販売ページ
前置きが長くなりましたがここからが紹介したかった内容です。
Ali Expressを巡回していて見つけたのはこの商品です。
BUB BU-48Vというアダプタです。購入時点で1つ803円でした。
型番で調べても販売ページしか見つからず、BUBというのが社名かどうかすらよく分かりません。
まず、写真を見る限りではXLRコネクタ部は普通の形状をしており接続周りの問題は無さそうです。
TRSの配線に関しては写真や説明からではわかりませんでした。
また、商品画像欄にちらっと載っているPCBがVXLR+互換には見えないので独自回路の可能性もあり、この点も実際にバラして確認しないと分からない点になります。
スペックを比較するとファンタム電圧48V以外にも対応してるか否か(VXLR+は12-48V対応、BU-48Vは48Vのみ)に差があるようです。
気になったのが、レビューにて「For some reason, there is loud audio noise on the XLR input when no 3.5mm jack is plugged in. (なぜか3.5mmプラグになにも刺さってなくてもXLR出力にでかいノイズが乗ってる)」みたいなことが書いてありました。
個体差であればいいのですが、これが仕様だと私の用途においては致命的です。
アリエクあるあるの「全く同じ商品が同じセラーから違う値段で複数出品されている」というのがこの商品にもあるので、もし購入予定の方は念のため自分でも価格比較した上で注文するのが良いと思います。
到着
アリエクで最近始まった15-day deliveryなるサービスのおかげで6日で到着しました。
そして到着即バラしてみました。
筐体は薄めのアルミ製で、XLR端子は若干干渉するもののロックが掛かるまで接続できました。
- どうも筒の中でコンデンサが筐体に当たってるっぽく、押されてXLR端子が斜めになってるのが干渉の原因っぽい
また、3.5mmジャック側は扱いやすいT入力でした (Rは未使用、SがGND)。
ぱっと見だとRODE VXLR+系の回路よりも基板上の部品数が多い気がします。
気になったのは、開回路でTRS端子側まで約8.2V来ているようでした。
通常プラグインパワーの電圧は1Vから5V程度らしいので結構高めです。
直接マイク素子を繋げるような場合を除けば数ボルトの違いで壊れることは無いと思いますが、繋げたいマイクの動作電圧を事前に確認したほうが良いかもしれません。
私の目的であったRoland CS-10EMは動作電圧2-10Vと記載があったので問題ありませんでした。
音
まずはそのままの状態でZOOM F3で使用してみました。
ひとまず動作はできたものの、肝心の音はというとあまり良くないです。
正確には音質評価以前の段階で、マイクを繋いでいない状態でも強めのホワイトノイズが鳴ってしまっています。
やはりあのレビューの内容は個体差ではありませんでした。
マイクを繋いで通話する程度の用途であれば問題なさそうですが、楽器の録音やフィールドレコーディングのようなクリアな音質が求められる用途には厳しそうです。
回路を見る
せっかくなので回路を追ってみました(間違っている可能性あり)。
やはりRODE VXLR+系の回路とは異なります。
VXLR+系では抵抗、コンデンサ、ダイオードで電圧調整されているのに対して、本回路ではそれらに加えてFETが4つ使われています。
FETにはL2, 1Gというプリントがあり、それぞれMMBT5401、MMBT5551LTのクローンのようでした。
ノイズ対策という観点で気になるのはD1のツェナーダイオードです。
ツェナーダイオードは定電圧を得るために使用される素子で、ある一定以上の逆電圧がかかるとアバランシェ降伏により急激に電流が流れて電圧を維持するような働きをします。
この回路においても3.5mmジャック側に来る電圧を抑えるために使用されているものと考えられます。
音響機器においてはこのアバランシェ降伏が厄介で、この現象が始まるとダイオードより熱雑音が発生します。
この熱雑音がオーディオ入力に乗るといわゆるホワイトノイズと呼ばれるものになり、ツェナーダイオードをそのまま使っただけの回路がノイズジェネレータとして使われているぐらいの凶悪さです。
しかも流れる電流が小さいほどノイズが大きいと言われているので、今回のような回路が一番影響を受けてしまいます。
色々調べてたところ、この回路は中華コンデンサマイクBM-800とほとんど同じであることがわかりました。
ところどころ異なる (3番Cold側の3.9Ω、電解コンデンサの低耐圧化) のは無理やり変換アダプタに対応させようとした辻褄合わせでしょうか?
こうなるとTRS端子まで8.2V到達していた理由も頷けます。元々ECMカプセルを動作させる回路をそのまま流用したためにその電圧のままになっていたということですね。
- そう考えると、このアダプタは半自作マイクのベースとしてかなり良いのかもしれない
あと回路的には一応バランス接続用ですが、結局ミニプラグ以降がアンバランスなのであまり意味はなさそうです。
ヘッドホン向けの4.4mm/2.5mmバランス接続みたいな感じでマイク向けのバランス接続があっても良さそう…まで書いてミニXLRの存在を思い出しました。
改造を考える
送料込みで2,000円払って使えないと結論付けるのも忍びないので何とか改造出来ないかと考えました。
マイク故障の傷心からまだ立ち直っていないものの、パーツ交換だけであれば流石になんとかなるはずです。
- ツェナーダイオードを金属皮膜抵抗に変更する
- 電解コンデンサ2つをオーディオグレードのものへ交換する
こちらは先程も参照したShinさんのサイトによる中華マイク改造記事のものを使用します。
ほぼ同じ回路が流用されているため、マイクカプセル周辺部以外の改造はそれなりに流用できるのではないかという算段です。
1はノイズ発生源と思われるツェナーダイオードを抵抗に変えることで内部ノイズを減らそうというものです。
オリジナルの改造では5.6kΩの抵抗を使用して9.1Vの電圧を取得しておりプラグインパワー向けとしては少々高いですが、現行の運用では問題ないのと電圧高めの方がS/N比が改善するという説もあるのでこのまま採用します。
5V周辺となるように3kΩに替えるという手もあり、もし今後問題が起きたらこちらに切り替えます。
- 計算できないからSPICEでシミュレーションした
2はオーディオ製品の高音質化のあるある改造です。ついでに10V側の許容電圧を高くします。
先に白状すると、R8,9の1uFのセラミックコンデンサをフィルムコンデンサに置き換えるやつもやろうとしました。
セラミックコンデンサはピエゾ効果で振動を電圧として拾ってしまい、マイクとしての入力にその音が乗ってしまうことでノイズとなります。
特にFETのベースに入る部分の影響が大きいためトライしたのですが、筐体が小さすぎて入らず基板1枚駄目にしました。
実装
各部品はオーディオ向けパーツを多く扱っているBispaにて注文しました。
抵抗は音響用金属皮膜抵抗として評判の良いLGMFSA50-562C、電解コンデンサは選択肢が限られていたこともあり日本ケミコン製のSMG25V47uFとKZH35V47uFを選びました。
届いてから気付いたことで電解コンデンサが25Vも35Vもサイズが変わらなかったため両方35Vでもいい気がします。
作業自体は慣れている方であれば10分ぐらいで終わるレベルだと思います。
交換部品3つのうち2つが表面実装なので取り付けが若干難しいですが、どちらも片側がGNDなので別な場所に繋ぐと少し楽そうです。
あとランドが剥げやすいので元の素子を外す時は注意しましょう (一敗)。
結果発表
ZOOM F3の右に改造前、左に改造後のアダプタを取り付け、端子に何も繋げない状態で録音してみました。
F3上で両側ともx32で録音後に編集で+20dB上げています。
明らかに改造後のノイズが軽減されています。というより比較してしまうと改造前のノイズが使い物にならないレベルで強いですね……
本家RODE VXLR+とは比較していないのでそことの差はわからないですが回路上はBU-48Vのほうが余計なことをしているので劣化はしても良いことは無いとは思うので、今回の改造により差が縮まっていれば良いなと思います。
今後どっかのタイミングで比較できたら追記します。
ツェナーダイオード→抵抗変更後はT-S間の開回路で約7.5Vとなっていました。
プラグインパワーとしてはまだ少し高めですが10Vまで耐えられるマイクであれば大丈夫そうです。
- 設定面倒だけどインタフェース側でファンタム電圧を下げれば現状でも問題なさそう
セラコンの交換が出来なかったこともありマイク未接続でも本体を爪先で叩くと音が入ってしまいます。
ただこのノイズも改造前よりは目立たなくなり、また運用時にこのレベルの刺激が来るような環境では普通にノイズも乗ると思うので許容範囲内です。
本体が送料込み約1,200円、パーツが送料込み計700円だったので、1つあたり2,000円弱で入手できたことになります。
- まとめ買いで送料分を下げたり複数セットのパーツの分を考慮したりするともうちょい安くなると思います
問題が多いとはいえほぼ同じ価格で市販品が買えてしまいますが、改造の結果ノイズも軽減しそれなりにいい音で録音できるようになったので一旦満足です。
ひとまず情報をネットの片隅に残しておくので、今後どなたかのお役に立てれば幸いです。